韓国映像資料院は来年1月の1か月間、VODサイトにてアン・ソンギさんを含む子役スター出演作品8本を無料上映する予定です。
アン・ソンギさん出演作品は「모정/母情」(1958)です。
2010年12月31日金曜日
2010年12月28日火曜日
2010年12月26日日曜日
2010年12月25日土曜日
イム・グォンテク監督の語るアン・ソンギさん
第8回国際文化フォーラムの奈良セッション「映画と東アジア」のため来日されていた、イム・グォンテク監督のインタビューです。

アン・ソンギさんを最初に起用するきっかけは何でしたか?
子役時代からよく知っていました。普通は子役で成長した後は大体忘れることが多いのに、彼は成人してからも映画で活躍していたのでよく覚えていたのですよ。
[アン・ソンギさん出演のイム・グォンテク監督作品]
만다라/曼荼羅(1981)
오염된 자식들/堕落した子供たち(1982)
안개마을/霧の村(1982)
태백산맥/太白山脈(1994)
축제/祝祭(1996)
취화선/醉画仙(2001/2002)
アン・ソンギさんといえば思い出すエピソードなどがあれば、教えてください。
自己管理がすごく徹底している人。
だから自分の感情をおくびにも出さないです。いつも慎重に自己の世界を管理している演技者です。
[以下は監督の101作目となる次回作についてです。パク・チュンフンさんが出演なさっています]
監督の最新映画について、日本のファンのために一言お願いします。
韓国人が作って海外によく輸出した品物は、高麗時代までにさかのぼりますが「紙」でした。
(その時代に)韓国の製品で中国で人気があったのは高麗人参、その次に韓紙/한지でした。
中国でも紙をたくさん生産していましたが、韓国の紙がより好まれていたようです。
ある韓紙の質がすごく賞賛を浴びたこともあり、商品価値としてもすごく高かったのですが、現代は韓国でも韓紙があまり使われていません。今は商業的にも採算が合わなくなって… 日本の和紙や中国の画仙紙などは今も世界的によく知られていますが、韓紙はその存在価値自体が知られていませんね。
それで、今、韓紙を取り上げる必要があると思ったのです。
今は韓紙を作れる技術者たちも商売にならないから、もう生産を止めてこんな状態になってしまった。だから韓紙にもう一度日の目を見せないといけない、と思ったのです。そうすることによって世界的に、文化的にも、多様性を持たせることもできるじゃないですか…
ーーー
次の会場に移動される間の短い時間でしたが、丁寧に答えてくださいました。
イム・グォンテク監督、どうもありがとうございました。
[通訳ご協力:NPO法人奈良外国語観光ガイドの会 池田常雄理事長]

アン・ソンギさんを最初に起用するきっかけは何でしたか?
子役時代からよく知っていました。普通は子役で成長した後は大体忘れることが多いのに、彼は成人してからも映画で活躍していたのでよく覚えていたのですよ。
[アン・ソンギさん出演のイム・グォンテク監督作品]
만다라/曼荼羅(1981)
오염된 자식들/堕落した子供たち(1982)
안개마을/霧の村(1982)
태백산맥/太白山脈(1994)
축제/祝祭(1996)
취화선/醉画仙(2001/2002)
アン・ソンギさんといえば思い出すエピソードなどがあれば、教えてください。
自己管理がすごく徹底している人。
だから自分の感情をおくびにも出さないです。いつも慎重に自己の世界を管理している演技者です。
[以下は監督の101作目となる次回作についてです。パク・チュンフンさんが出演なさっています]
監督の最新映画について、日本のファンのために一言お願いします。
韓国人が作って海外によく輸出した品物は、高麗時代までにさかのぼりますが「紙」でした。
(その時代に)韓国の製品で中国で人気があったのは高麗人参、その次に韓紙/한지でした。
中国でも紙をたくさん生産していましたが、韓国の紙がより好まれていたようです。
ある韓紙の質がすごく賞賛を浴びたこともあり、商品価値としてもすごく高かったのですが、現代は韓国でも韓紙があまり使われていません。今は商業的にも採算が合わなくなって… 日本の和紙や中国の画仙紙などは今も世界的によく知られていますが、韓紙はその存在価値自体が知られていませんね。
それで、今、韓紙を取り上げる必要があると思ったのです。
今は韓紙を作れる技術者たちも商売にならないから、もう生産を止めてこんな状態になってしまった。だから韓紙にもう一度日の目を見せないといけない、と思ったのです。そうすることによって世界的に、文化的にも、多様性を持たせることもできるじゃないですか…
ーーー
次の会場に移動される間の短い時間でしたが、丁寧に答えてくださいました。
イム・グォンテク監督、どうもありがとうございました。
[通訳ご協力:NPO法人奈良外国語観光ガイドの会 池田常雄理事長]
2010年12月20日月曜日
2010年12月12日日曜日
2010年12月7日火曜日
2010年12月5日日曜日
イム・グォンテク監督
文化庁主催の第8回国際文化フォーラムの奈良セッション「映画と東アジア」にパネリストのお一人として来日されたイム・グォンテク監督にインタビューしてまいりました。

第一部「アジアの映画が直面する課題」のテーマのもと、発表中の監督です。
モニタには「風の丘を越えて/西便制/서편제」の「この家族が一番幸せだった時」(監督)が映し出されています。

追ってインタビュー内容はアップいたします。

第一部「アジアの映画が直面する課題」のテーマのもと、発表中の監督です。
モニタには「風の丘を越えて/西便制/서편제」の「この家族が一番幸せだった時」(監督)が映し出されています。

追ってインタビュー内容はアップいたします。
2010年12月3日金曜日
キム・テギュン監督の語るアン・ソンギさん
第2回ダマー映画祭の審査員で来広されていたキム・テギュン/김태균監督(1996「パク・ポンゴン家出事件/박봉곤 가출사건」)のインタビューです。

(写真全て:石田純平)
アン・ソンギさんの出演された「パク・ポンゴン家出事件/박봉곤 가출사건」(1996)が監督のデビュー作品ですが、どのようにして始まったのでしょう?
実は僕の家の近所にこんな感じの[パク・ポンゴンのような]面白いアジュンマ(おばさん)が本当に住んでいたんですね。妻の友人なんですけれど。
で、映画会社でお昼を食べている時におばさんの話になったんですね。最近、おばさんは家出するらしいよ、とか、歌・カラオケが上手だとかいった具合に。
そして何ヶ月か後に、制作会社の社長さんに会ってみたらすでにシナリオができていたんですよ。「あれっ、これ僕が言ってた話じゃないですか?」と(笑)。「これ面白いな… うん、面白いよ。あれ、待てよ…?」 台本の棚からひょいと取った中の一冊がそれで。全く同じ人物ではないですが、そのような感じを持った主人公として書かれていたんですね。
その制作会社の社長さんに「これ僕が言っていた話じゃないですか? どうして撮らないんです?」と尋ねたら、「うん、面白いと言ってくれる投資者がまだ見つからなくて」と。他の監督さんも別の映画を撮っている時で、僕ご自身が撮ろうとしていた作品もちょっとうまく行っていなかった時期だったので「じゃあ、僕がちょっと[シナリオを]直してみますよ」と言ったんですね。
なるほど、それは面白いスタートでしたね。
で、シナリオを手直しされた次にはキャスティングですよね。どうして探偵Xをアン・ソンギさんにしようと思われたのですか?
その時一番最初に思い浮かんだのがソンギ兄貴[안성기형]でしたし、やはり最高の俳優さんですから。また、映画の持つトーンにも一番合っていると思ったからです。
監督からアプローチされて、アン・ソンギさんの反応はいかがでしたか?
新しいスタイルだったので、新鮮で面白い、と言ってもらえました。
撮影されている時に監督さんしかご存知ないエビソードがあれば教えてください。
これが僕の初監督作品だったんですね。で、僕は新人監督でしょう? 絵コンテとかありますけど、どうやってフレーミングしていいのかもよく分からない。覗いては「う〜ん」、絵コンテをみては「う〜ん」…(笑)
「一体どうすればいいんだ…」とまごまごしている時に、ソンギ兄貴がすっ、とフレームの中に入ってくれたんです。
それを追っかけてカメラをまわすと次の位置にまた、すっ、と動いてくれて。
一言も言わずに「ここだ、ここを撮るんだ」とヒントをくれたんですね。
ほんとに一言も言わないんですよ、心で言ってくれて。「ありがとう、兄貴!/고맙다, 형!」と心の中で拝みました。
でも、皆にそうなんですよね、だから尊敬されるんです。

アン・ソンギさんのお話を監督は本当にとても懐かしそうに、楽しそうに思い出されながら、エピソードを紹介してくださいました。監督、お時間ありがとうございました!
キム・テギュン監督の「裸足の夢/맨발의 꿈」は第83回アカデミー賞外国語作品部門韓国代表作品として選出されています。監督の作品の中では「クロッシング/크로싱」(2008)に続く、2番目の選出作品になります。来年2011年1月25日アメリカ西海岸時間5:30(日本時間同日22:30)からアカデミー本部サミュエル・ゴールドウィン劇場にて外国語作品部門を含む全部門のノミネート作品が発表され、同授賞式は2011年2月27日、ハリウッドのコダックシアターにて開催予定です。
ますますのご活躍をお祈りしています!

(写真全て:石田純平)
アン・ソンギさんの出演された「パク・ポンゴン家出事件/박봉곤 가출사건」(1996)が監督のデビュー作品ですが、どのようにして始まったのでしょう?
実は僕の家の近所にこんな感じの[パク・ポンゴンのような]面白いアジュンマ(おばさん)が本当に住んでいたんですね。妻の友人なんですけれど。
で、映画会社でお昼を食べている時におばさんの話になったんですね。最近、おばさんは家出するらしいよ、とか、歌・カラオケが上手だとかいった具合に。
そして何ヶ月か後に、制作会社の社長さんに会ってみたらすでにシナリオができていたんですよ。「あれっ、これ僕が言ってた話じゃないですか?」と(笑)。「これ面白いな… うん、面白いよ。あれ、待てよ…?」 台本の棚からひょいと取った中の一冊がそれで。全く同じ人物ではないですが、そのような感じを持った主人公として書かれていたんですね。
その制作会社の社長さんに「これ僕が言っていた話じゃないですか? どうして撮らないんです?」と尋ねたら、「うん、面白いと言ってくれる投資者がまだ見つからなくて」と。他の監督さんも別の映画を撮っている時で、僕ご自身が撮ろうとしていた作品もちょっとうまく行っていなかった時期だったので「じゃあ、僕がちょっと[シナリオを]直してみますよ」と言ったんですね。
なるほど、それは面白いスタートでしたね。
で、シナリオを手直しされた次にはキャスティングですよね。どうして探偵Xをアン・ソンギさんにしようと思われたのですか?
その時一番最初に思い浮かんだのがソンギ兄貴[안성기형]でしたし、やはり最高の俳優さんですから。また、映画の持つトーンにも一番合っていると思ったからです。
監督からアプローチされて、アン・ソンギさんの反応はいかがでしたか?
新しいスタイルだったので、新鮮で面白い、と言ってもらえました。
撮影されている時に監督さんしかご存知ないエビソードがあれば教えてください。
これが僕の初監督作品だったんですね。で、僕は新人監督でしょう? 絵コンテとかありますけど、どうやってフレーミングしていいのかもよく分からない。覗いては「う〜ん」、絵コンテをみては「う〜ん」…(笑)
「一体どうすればいいんだ…」とまごまごしている時に、ソンギ兄貴がすっ、とフレームの中に入ってくれたんです。
それを追っかけてカメラをまわすと次の位置にまた、すっ、と動いてくれて。
一言も言わずに「ここだ、ここを撮るんだ」とヒントをくれたんですね。
ほんとに一言も言わないんですよ、心で言ってくれて。「ありがとう、兄貴!/고맙다, 형!」と心の中で拝みました。
でも、皆にそうなんですよね、だから尊敬されるんです。

アン・ソンギさんのお話を監督は本当にとても懐かしそうに、楽しそうに思い出されながら、エピソードを紹介してくださいました。監督、お時間ありがとうございました!
キム・テギュン監督の「裸足の夢/맨발의 꿈」は第83回アカデミー賞外国語作品部門韓国代表作品として選出されています。監督の作品の中では「クロッシング/크로싱」(2008)に続く、2番目の選出作品になります。来年2011年1月25日アメリカ西海岸時間5:30(日本時間同日22:30)からアカデミー本部サミュエル・ゴールドウィン劇場にて外国語作品部門を含む全部門のノミネート作品が発表され、同授賞式は2011年2月27日、ハリウッドのコダックシアターにて開催予定です。
ますますのご活躍をお祈りしています!
2010年12月1日水曜日
登録:
投稿 (Atom)