2011年9月3日土曜日

平井久志さんが語るアン・ソンギさん

「風吹くよき日」「鯨とり ナドヤカンダ」日本公開に合わせ、今年6月にソウルで安聖基さんに単独インタビューなさった共同通信編集委員・論説委員の平井久志さんにお話をうかがいました。


90年にアシアナ航空の機内誌用に単独インタビューをなさっていますが、今回約20年ぶりにお会いになってどんな印象を持たれましたか?
単独インタビューは2回目ですが、これまで団体インタビュー等に何度か参加したこともありました。この20年間特に変わっていないなぁ、というのが正直なところです。謙虚で、誠実な人柄は本当に変わっていないし、加えて気さくです。とても「国民俳優」という感じではありません。例えば、僕がもし、日本の「国民俳優」例えば、渥美清さんみたいな方にインタビューするなら、かなり、緊張すると思うのですが、安聖基さんの場合、そういう感じはありません。気さくな平常心でインタビューできました。「あまり変わっていないだろうな」と思っていたら「やっぱり変わっていない」という感じです。

83〜84年に留学なさって公開当時「鯨とり」をご覧になったそうですが、その時市民の間ではどのように話題になっていましたか?
非常に人気のあった作品でしたよ。私はソウルの鍾路の団成社(タンソンサ)という映画館で見た記憶があるのですが、間違っているのかもしれません。僕は今回のインタビューで安さんに「この映画は韓国のイージーライダーですね」と言うと、笑って肯定している感じでした。

あぁ、ずっと気になっていてインタビューの時に尋ねたことがあります。「ウド」という島が本当の島かどうかということ。済州島に「牛島(ウド)」という島があるのですが、済州島で雪があるわけはなく、江原道のようなところに「ウド」という島があるのかという疑問と、江原道ならチュンジャが最後に母親と話す慶尚南道なまりは変で、話が合わないのではないかとずっと疑問でした。
安聖基さんの答えは「この牛島(ウド)は架空の島」という回答でした。韓国語を勉強した者には、チュンジャの慶尚道なまりが本当に魅力的です。これは字幕では味わえない感覚ですね。

これまでなさったインタビューの中で何か印象に残っている点があれば教えてください。
延世(ヨンセ)大学国文科の馬光洙教授が「
安聖基よ、『ヤハン・キ(派手な氣)』を養え」と言ったことがあります。90年のインタビューでその発言について尋ねたのですが「『ヤハン・キ』は年をとると派手でなくなるし、瞬間的なものでしかない。これからは熱の冷めない、永遠性のある作品に出演したい」と言っていましたね。

安聖基さんは私の好きな俳優です。安聖基さんも、僕も1952年生まれです。韓国では解放後も朝鮮戦争がありましたから、朝鮮戦争のあった1950年から53年に生まれた世代は「戦中派」なのです。同じ「戦中派」として、記者として韓国の現代史を取材してきました。僕は記者として韓国現代史とつきあってきましたが、安聖基さんの活動はまさに映画を通じた「韓国現代史」です。役柄は多様で、すばらしい方ですが、ずっと芯の部分は同じだと思います。梅の実なら、安聖基さんは梅干しの酸っぱい味や甘く漬けた梅までいろいろな味を出してきましたが、その梅の実の中にある殻は壊していないような気がします。梅の実の中には「天竺」という種がありますが、その部分を出した映画がみたいという気がします。それは、まだ本当の安聖基さんが映画に表出されていないような気がしますね。私が監督だったらその「真の安聖基」を何とか出してみたいなぁ(笑)。

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平井さん、お忙しい中お時間ありがとうございました。また
安聖基さんへインタビューなさる機会ございましたら、ぜひエピソードお聞かせください。

[今回はアン・ソンギさんの表記を平井さんがこちらのほうがお好きということでタイトル以外は『安聖基』にしてあります]

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