24日、江陵市にて開催されたアン・ソンギ映画博物館起工式の様子です。
その1。
その2。
2012年11月26日月曜日
2012年11月22日木曜日
アン・ソンギ映画博物館起工式 今週末開催
ソン・ソンモク館長は以前から映像、音楽に多大なる関心を寄せ、1992年11月にチャムソリ蓄音機・エジソン博物館を開館。その2分野に密接な関係のある、映画博物館を創立することを長年の目標としてきました。
(今年11月1日、ソウルにて撮影 (C)アン・ソンギさん公式情報板)
起工式の様子は後日このサイトにてご案内予定です。
2012年11月19日月曜日
2012年11月9日金曜日
アシアナ国際短編映画祭開幕式
先日11月1日、CINECUBEで行われた第10回アシアナ国際短編映画祭開幕式の様子です。
フォトタイムの後、ロビーでパク・チュンフンさんとインタビュー。
開幕式上映作品「JURY」について紹介中。
「JURY」解説は後日アップします。
2012年10月21日日曜日
第17回釜山国際映画祭 OPEN TALK 2
第17回釜山国際映画祭 OPEN TALKスチール写真はこちらです。
先日10月5日18:15から始まったタン・ウェイさんとのOPEN TALKです。一部、歓声等が大きく聞き取りづらいところがあり、全てをご紹介しておりません。その箇所は伏せ字●にしてあります。予めご了承ください。

[ご登壇]アン・ソンギさん
「こんばんは。タン・ウェイさんと昨晩、開幕式でご一緒できて楽しく過ごすことができ、嬉しく思いました。今日再び、短い時間ですが皆さんと一緒によい話ができればと思います。ありがとうございます」
タン・ウェイさん
「アンニョンハセヨ〜[韓国語であいさつ]。またここに再び来ることができ、嬉しく思います。今夜は気候もよく、皆さんも楽しい時間を過ごしてください」
司会者
「昨晩の開幕式の司会では、タン・ウェイさんが中国語、アン・ソンギさんが韓国語というお互い違う言語で話された初めての試みでしたが、例年よりも完璧に、自然に進行されましたね。[そのことに関してメディアも]多く取り上げていました。そのことについてまずはお聞かせください」
アン・ソンギさん
「えぇ、とても徹底的に計算された演技でした(笑)。皆さん後から『いや~、中国語も上手いんですね』と言って下さいましたが、そうではなくて、このように[実際タン・ウェイさんの顔を見て]お互いの目を見ながら、[相手の台詞が終わって]すぐ『あぁ、そうですか』と話せば自然ではないだろうかと呼吸を合わせていたので、昨夜は終始うまく行きました」
タン・ウェイさん
「皆さんに秘密をひとつ申し上げますと、アン・ソンギ先生も中国語がよくお分かりですし、私も韓国語がよく分かるんですよ(笑)。アン・ソンギ先生のような方とご一緒できて幸運だったと思いますし、2人で呼吸を合わせれば言語の壁を越えることができると考えています」
司会者
「そういうこともあるとは思いますが、お二人とも経験が多くおありになるからだと思います。アン・ソンギ先生は『墨攻』(2006)で、中国人スタッフ達とお仕事なさる映画に出演なさったことがあるじゃないですか」
アン・ソンギさん
「そうですね、その時よりも前に『武士』でチョン・ウソンさん、チュ・ジンモさん、チャン・ツィーさんと一緒に撮ったことがあり、2001年に6ケ月間、中国にいました。帰って来た当時は、簡単な中国語ならだいたい不自由ない程度に理解できていたのですが、今ではもうすっかり忘れてしまいましたね。そして4年前ですね、アンディ・ラウさん、ファン・ビンビンさんと一緒に『墨攻』を撮った時のことも思い出します。はじめは何となく感覚で、それから簡単な中国語で意思疎通しました。
司会者
「[私たちは普通]韓国人スタッフの多い状況で演技するじゃないですか。昨日のように韓国人スタッフ、中国人スタッフと比較できるような環境でお仕事なさっていかがでしたか?」
タン・ウェイ
「[自分が携わる]作品があまり多くない中で、やはり中国語の作品が多いために、●
モデルとして多くの行事に出ましたが、初めて[このような]レッドカーペットという場に出て緊張していました。でも、アン・ソンギ先生のおかげで、腕を組んだ瞬間、気持ちを楽に持つことができました。
アン・ソンギ先生は素晴らしい演技者でいらっしゃるから、共演者に対して緊張を解く魅力がおありの方なのでは、と思いました」
アン・ソンギさん
[間髪入れず]「謝々」(会場大喝采)
タン・ウェイさん
「ほら、中国語、よくご存知でしょう?(笑)」
司会者
「昨夜の開幕式の何か面白いエピソードがあれば教えてください」
(特に答えが無かったので)
司会者
「では、具体的にお尋ねしますね。先ほど演技の話が出ましたよね。[演技と言えば]台本の練習をするじゃないですか。台本の練習をする時、それから演技が進行し、終わるまでの話を聞かせてください」
アン・ソンギさん
「最初は、開幕式のリハーサルを10月3日に行いました。その時にタン・ウェイさんが『[進行は]英語ではどうでしょうか?』とおっしゃったんですね。[タン・ウェイさんの母国語である]中国語はネイティブとして話されるので自然です。もちろん英語も非常に流暢に話されるのですが、[舞台で話をする]俳優全員にとって[英語が母国語でないため]負担に感じるかもしれないでしょう? 私は大丈夫ですよ、英語の聞き取りは得意ですので(笑)。翌朝、タン・ウェイ氏が『中国語と簡単な英語のチャンポンで話をすればどうでしょう?』というアイディアを出してくれたんです。それがかえって、自然なやりとりで進行できて、よかったです。
…あぁ、何か面白い話をするはずでしたね(苦笑)」
タン・ウェイ
「大変な思い出というよりは、私が中国語で話をしても、アン・ソンギ先生がとても素敵で魅力的だったので、横にいるだけで楽に話をすることができたのではと思っています。
十分に準備をなさっていた監督、シナリオ作家の方へも感謝の念でいっぱいです。
最初に始めた頃は、[私が]失敗しなければいいな… と思っていました。
アン・ソンギ先生も同じような経験があるのかなと思っていたのですが、[母国語でない]外国語、英語のような他言語で進行をしたり、1か月という時間で練習したり、専門的な話をして、発音とかこのような過程が大切だと。アン・ソンギ先生もそうではないかと思って…」
アン・ソンギさん
「当然でしょう。中国語の準備があれば、[ある分だけ]よいでしょう。タン・ウェイさんがこのように完璧主義者ですし、私も若干そうですが(笑)」

先日10月5日18:15から始まったタン・ウェイさんとのOPEN TALKです。一部、歓声等が大きく聞き取りづらいところがあり、全てをご紹介しておりません。その箇所は伏せ字●にしてあります。予めご了承ください。

[ご登壇]アン・ソンギさん
「こんばんは。タン・ウェイさんと昨晩、開幕式でご一緒できて楽しく過ごすことができ、嬉しく思いました。今日再び、短い時間ですが皆さんと一緒によい話ができればと思います。ありがとうございます」
タン・ウェイさん
「アンニョンハセヨ〜[韓国語であいさつ]。またここに再び来ることができ、嬉しく思います。今夜は気候もよく、皆さんも楽しい時間を過ごしてください」
司会者
「昨晩の開幕式の司会では、タン・ウェイさんが中国語、アン・ソンギさんが韓国語というお互い違う言語で話された初めての試みでしたが、例年よりも完璧に、自然に進行されましたね。[そのことに関してメディアも]多く取り上げていました。そのことについてまずはお聞かせください」
アン・ソンギさん
「えぇ、とても徹底的に計算された演技でした(笑)。皆さん後から『いや~、中国語も上手いんですね』と言って下さいましたが、そうではなくて、このように[実際タン・ウェイさんの顔を見て]お互いの目を見ながら、[相手の台詞が終わって]すぐ『あぁ、そうですか』と話せば自然ではないだろうかと呼吸を合わせていたので、昨夜は終始うまく行きました」
タン・ウェイさん
「皆さんに秘密をひとつ申し上げますと、アン・ソンギ先生も中国語がよくお分かりですし、私も韓国語がよく分かるんですよ(笑)。アン・ソンギ先生のような方とご一緒できて幸運だったと思いますし、2人で呼吸を合わせれば言語の壁を越えることができると考えています」
司会者
「そういうこともあるとは思いますが、お二人とも経験が多くおありになるからだと思います。アン・ソンギ先生は『墨攻』(2006)で、中国人スタッフ達とお仕事なさる映画に出演なさったことがあるじゃないですか」
アン・ソンギさん
「そうですね、その時よりも前に『武士』でチョン・ウソンさん、チュ・ジンモさん、チャン・ツィーさんと一緒に撮ったことがあり、2001年に6ケ月間、中国にいました。帰って来た当時は、簡単な中国語ならだいたい不自由ない程度に理解できていたのですが、今ではもうすっかり忘れてしまいましたね。そして4年前ですね、アンディ・ラウさん、ファン・ビンビンさんと一緒に『墨攻』を撮った時のことも思い出します。はじめは何となく感覚で、それから簡単な中国語で意思疎通しました。
司会者
「[私たちは普通]韓国人スタッフの多い状況で演技するじゃないですか。昨日のように韓国人スタッフ、中国人スタッフと比較できるような環境でお仕事なさっていかがでしたか?」
タン・ウェイ
「[自分が携わる]作品があまり多くない中で、やはり中国語の作品が多いために、●
モデルとして多くの行事に出ましたが、初めて[このような]レッドカーペットという場に出て緊張していました。でも、アン・ソンギ先生のおかげで、腕を組んだ瞬間、気持ちを楽に持つことができました。
アン・ソンギ先生は素晴らしい演技者でいらっしゃるから、共演者に対して緊張を解く魅力がおありの方なのでは、と思いました」
アン・ソンギさん
[間髪入れず]「謝々」(会場大喝采)
タン・ウェイさん
「ほら、中国語、よくご存知でしょう?(笑)」
司会者
「昨夜の開幕式の何か面白いエピソードがあれば教えてください」
(特に答えが無かったので)
司会者
「では、具体的にお尋ねしますね。先ほど演技の話が出ましたよね。[演技と言えば]台本の練習をするじゃないですか。台本の練習をする時、それから演技が進行し、終わるまでの話を聞かせてください」
アン・ソンギさん
「最初は、開幕式のリハーサルを10月3日に行いました。その時にタン・ウェイさんが『[進行は]英語ではどうでしょうか?』とおっしゃったんですね。[タン・ウェイさんの母国語である]中国語はネイティブとして話されるので自然です。もちろん英語も非常に流暢に話されるのですが、[舞台で話をする]俳優全員にとって[英語が母国語でないため]負担に感じるかもしれないでしょう? 私は大丈夫ですよ、英語の聞き取りは得意ですので(笑)。翌朝、タン・ウェイ氏が『中国語と簡単な英語のチャンポンで話をすればどうでしょう?』というアイディアを出してくれたんです。それがかえって、自然なやりとりで進行できて、よかったです。
…あぁ、何か面白い話をするはずでしたね(苦笑)」
タン・ウェイ
「大変な思い出というよりは、私が中国語で話をしても、アン・ソンギ先生がとても素敵で魅力的だったので、横にいるだけで楽に話をすることができたのではと思っています。
十分に準備をなさっていた監督、シナリオ作家の方へも感謝の念でいっぱいです。
最初に始めた頃は、[私が]失敗しなければいいな… と思っていました。
アン・ソンギ先生も同じような経験があるのかなと思っていたのですが、[母国語でない]外国語、英語のような他言語で進行をしたり、1か月という時間で練習したり、専門的な話をして、発音とかこのような過程が大切だと。アン・ソンギ先生もそうではないかと思って…」
アン・ソンギさん
「当然でしょう。中国語の準備があれば、[ある分だけ]よいでしょう。タン・ウェイさんがこのように完璧主義者ですし、私も若干そうですが(笑)」

タン・ウェイさん
「私は完璧主義者ではなく、むしろアン・ソンギ先生の方が完璧主義者ではないかと思います。セリフを練習するときに、つき合っているような感じで練習したという話を聞いたことがあります」
アン・ソンギさん
「私が『武士』で中国語を話す時があったのと、日本映画「잠자는 남자(眠る男)」に眠る男として出演して一言だけ[日本語]話す場面がありました。3、4ケ月くらい練習したのですが、特に「잠자는 남자」では… 日本人の方、[会場に]いらっしゃるでしょう? 「잠자는 남자」は日本語で?[会場に問いかけ、会場より『眠る男』の声があがる]「『ネムルオトコ』? いや、そうじゃないでしょう…?」
司会者
「…日本人の方がそうおっしゃっているのですから(苦笑)」
アン・ソンギさん
「『잠자는 남자』で、[山の中で話す]セリフが『森の向こうにもう1つ村があるんですよ』というセリフを言うのですが。で、練習したんですが、撮影の日にセリフを監督の前で、小栗康平監督、この方も完璧主義者なんですが、「じゃあ、ひとつ言ってみてください」ということで[声をわざと低めに]『森の向こうにもう1つ村があるんですよ』… と言ったのですが、「何か変だ」と。3、4ケ月その一言だけ練習したのにですよ。結果としてセリフを直して、『あります』より『あるんですよ』が楽に聞こえるだろうということで『あります』になったのですが、[言いたいのは]俳優として練習は非常に多く積むものです。映画俳優達が準備をし、練習をすることは非常に[演技の]助けになるものです。

例えば、乗馬に関して言えばいい例でしょう。3~4ケ月前に馬に乗ったんですね。チョン・ウソンさんがとても上手く乗りこなし、我々が驚いたのですが、『武士』の撮影時に一緒に学んだのにですよ。完璧に努力をすることは映画だけでなく、自身に[の演技に対する姿勢に]とってもいいように思います。
あ! それと、エピソードがもう一つありましたね、昨日」
司会者
「ついに!」
アン・ソンギさん
「タン・ウェイさんが…」
タン・ウェイさん
「観客にその話をしてはだめでしょう?」
アン・ソンギさん
「ははは! タン・ウェイさんがちょっと背が高いでしょう? 私は中間くらいですかね。最近の後輩の俳優は皆、本当に背が高いじゃないですか。180cm、190cmとか多いし… 私も以前は背の高いうちに入っていたのですが… 最近は中間くらいですね。タン・ウェイさんが本当に背がこんなに高いので、私より背が高くなったら『本当にすみません…!』と、私より背が高くなってはいけないと思っていらっしゃったようです。私も『男性[ホスト]として低くなってはいけない!』と(笑)。だから、開幕式を見ていただければ分かるように背丈が同じですよ。一生懸命背筋を伸ばしたから(笑)」
司会者
「アン・ソンギ先生がいつも謙虚な姿勢をしていらっしゃるから… 皆さんに実際どれだけ背丈が一緒か…[立ってみてください]」
[席から立って、並んでみて](会場歓声)

司会者
「では、最後にタン・ウェイさんから何か面白いエピソードがあれば」
タン・ウェイさん
「開幕式の面白い話というよりは個人的に感動を受けた話を差し上げたいと思います。舞台裏で化粧を直していた時のことです。記者達が写真を撮ろうとしていたのを外に連れ出して、私は知らなかったんですけど、マネージャーから聞いたところによると、アン・ソンギ先生が記者と一緒に[会場外に]出て下さったそうです、[化粧直しが]見えないように」
[会場歓声・拍手]
そして頼もしいという感じを受けて、登壇する時、human(人間的)な印象を受けながら舞台に上がっていました。
[会場歓声・拍手]
次回、機会があったらアン・ソンギ先生が中国語を話して、私が韓国語を話すオープン・トークや撮影があればいいと思います」
アン・ソンギさん
「期待しています」
司会者
「えー、もっと時間をかけることができればいいのですが、終わりの時間がせまって来ていて… 今日は5日ですけど、10月7日、タン・ウェイさんの誕生日なんですよ。皆さんと一緒に誕生日のお祝いをしたくて、ケーキも用意しました。
[観客より「誕生日おめでとう」の合唱]

お祈りをしてからロウソクを吹き消すタン・ウェイさん。
[最後に会場の観客とフォトタイム]
アン・ソンギさん
「ありがとうございました」
タン・ウェイさん
「来る度に皆さんにお会いできれば嬉しいです」
[翻訳協力:小栁宏美]
2012年10月20日土曜日
2012年10月13日土曜日
2012年10月11日木曜日
2012年10月10日水曜日
2012年10月8日月曜日
2012年10月7日日曜日
2012年10月5日金曜日
第17回釜山国際映画祭 OPEN TALK
5日18:15から始まったタン・ウェイさんとのOPEN TALKは野外特別会場にて行われました。


特別な技術を要する演技(乗馬や外国語のセリフ)について、互いのエピソードを交えながら進められたトーク。

内容はまた後日アップ予定です。
2012年10月4日木曜日
2012年9月30日日曜日
2012年9月18日火曜日
グッド・ダウンローダー新CF
グッド・ダウンローダーの新CFが先週9月11日撮影されました。10月4日に開幕する第17回釜山国際映画祭で公式に初公開され、その後全国の劇場、ケーブルTV、オンラインなどで見ることができるようです。
2012年9月17日月曜日
2012年9月12日水曜日
MBN「60分の奇跡」ご出演
明日13日21時より、MBN「60分の奇跡」にご出演なさいます。
ーー
訂正)
16日日曜日 深夜1時(15日土曜日25時)に放送予定です。App Storeで「MBN 매일방송」が無料で配布されています。iPhoneかiPadをお持ちの方は試聴ができます。MBN公式サイトでの試聴は外国人登録番号を入力必須の事前登録が必要で、その他の場合は電話82-2-2000-3341で直接問い合わせしなければなりません。
ーー
訂正)
16日日曜日 深夜1時(15日土曜日25時)に放送予定です。App Storeで「MBN 매일방송」が無料で配布されています。iPhoneかiPadをお持ちの方は試聴ができます。MBN公式サイトでの試聴は外国人登録番号を入力必須の事前登録が必要で、その他の場合は電話82-2-2000-3341で直接問い合わせしなければなりません。
2012年9月8日土曜日
2012年9月1日土曜日
アン・ソンギさんインタビュー
先日の福岡アジア映画祭にて行ったインタビューです。

「折れた矢/부러진 화살」のキム・ギョンホ教授役に関して、「役作りに努力した」とティーチインでおっしゃっていましたが、もう少し具体的に教えていただけますか?
教授が実際の人物であり、自分とは違った点が多かったです。異なる人物になってしまわないように、観客がアン・ソンギという俳優に対して持つイメージを出さないようにし、冷たい人として演技しようと努めました。
この映画が[制作側の予想より遥かに]ヒットした理由は何と考えていらっしゃいますか?
[映画制作・公開以前から]事件自体がすでに関心を集めていたこともありました。大切なのはストーリーですが、またそれを表現する方法も面白いと感じました。シナリオを読んだときから完成度が高いと感じ、出演をすぐに決めました。現場ではスタッフと俳優間のコミュニケーションも非常にうまく取れていましたね。
「権力が持つ力」に対して日頃から不満や鬱憤を持っている観客にこの作品が制作側が予想していた以上に痛快に写り、口コミで広まったのではとも思います。アメリカと違い、韓国で法律に関する映画は法廷での被告・原告のやり取りであまり動きがないシーンのため、つまらないと観客から言われることも多いですが、この作品では裁判長にくってかかるようなシーンがあったことも理由の1つではないでしょうか。
教授とご自身の共通点があるとすれば何でしょうか?
そうですね…[しばし考えて]あえて言うとすれば、ドラマや舞台、政治など映画以外のことはしたくないというちょっと頑固なところでしょうか(笑)。
そうですか(笑)。ところで、この秋アシアナ国際短編映画祭で公開予定の「JURY(仮題)」について教えてください。
キム・ドンホ釜山国際映画祭名誉執行委員長が演出をなさるのですが、アシアナ国際短編映画祭10周年を記念して何か素敵なイベントができれば、ということで始まりました。短編かドキュメンタリーがいいでしょう、と。世界的に有名なチャンリュル監督(「豆満江」)が3年前にシナリオを書かれていましたが、映画祭の記念作品としては少し物足りない部分もあったのでユン・ソンホ監督がそれをベースに非常に笑える作品として書き直しました。音楽はバン・ジュンソク音楽監督(「ラジオ・スター」)が担当しています。スタッフも有名な方々が名を連ねている他、評論家役では日本のイメージフォーラムの富山さんにも出演いただいています。
今年、その他に出演の作品はありますか?
「TOWER」というパニック(災難)映画なのですが、クリスマスに高層ビルで火災が発生します。ソル・ギョングさんが消防隊長で、私が消防署長です。
最後に、本当に長い間、俳優生活を続けていらっしゃるわけですが、その秘訣は何でしょうか?
[即答で]それは映画が面白いからですよ。自分は恵まれていて、やりたくてもできない人は本当にたくさんいます。自分のポジションを保ちつつ、続けてこられたのは幸運でした。それに日々感謝しています。
[通訳:임구순、写真:小栁宏美]
2012年8月9日木曜日
2012年7月23日月曜日
2012年7月17日火曜日
ユン・ビョンウさんが語るアン・ソンギさん
現在、グラフィック・デザイナーとして日・韓両国でご活躍されるSTUDIO NO MARKのユン・ビョンウさん。韓国でなさっていたお仕事で、アン・ソンギさんにお会いになる機会があったそうです。
●アン・ソンギさんに初めて会われたのはどのような場面でしたか?
私がライブコンサートの企画側として仕事しているとき、あるライブコンサートのゲストとしてアン・ソンギさんがいらっしゃった時です。
●アン・ソンギさんと言えば思い出すエピソードは何でしょう?
楽屋口からではなく普通にメインゲートから入られたので、ロビーは大パニック、約50分くらいお客さんへのサイン会みたいになってしまいました(苦笑)。
やっとのことで控え室に案内して「お飲み物はいかがでしょうか?」と尋ねたら、アン・ソンギさんが「いや、自分でコーヒー入れて飲むから大丈夫」とおっしゃって。しかもテーブルに用意されたスタッフ20名分のカップを見ると、1杯1杯直接つぎ始めました。
でも考えても見てください、天下のアン・ソンギさんにそんなことをさせるなんておそれ多くて、ほっておくわけにはいかないでしょう? 慌ててスタッフが替わろうとすると「私を誰だと思ってるんだ! 東西食品のMAXIMコーヒーCFを20年やってるアン・ソンギだぞ!(笑)この部屋に私より上手にコーヒーをいれることができる者がいるわけないだろう!?」と言って、結局全員分つぎ終わったんですね。いや、あの時はみんなその気さくさに驚くやら、感激するやらで…
ーー
それはロビーにいた皆さんよりもすごい体験でしたね。
ユン・ビョンウさん、貴重なエピソードありがとうございました!
東西食品CF
2012年7月15日日曜日
福岡アジア映画祭「ペースメーカー」ティーチイン1
福岡アジア映画祭にて昨夜行われた「ペースメーカー」ティーチインです。最初、キム・ダルジュン監督がご登壇、その後アン・ソンギさんがご登壇なさいました。
(ご登壇の写真は追って追加いたします。ネタバレがありますのでご注意ください)
(写真:今年2月、韓国で公開時にソウル駅にて)
Q1:主人公は五輪国内選考会の大会を完走していないのに国家代表に選ばれました。そのことを韓国国民は、世論は許すのでしょうか?
A1 :(苦笑)映画だから可能な話だということで。昔はそのようなケースもあったように思います。普通、世界大会は個人の記録の問題ですが、五輪になると国の問題になります。ですから3人走者を選ぶ時、2人はメダル獲得の可能性のあるランナー、最後の1人はペースメーカーを選ぶ、ということもあるでしょう。[そういう選考方法は]韓国だけでなく、他の国でも考えられることではないでしょうか。まぁ韓国の世論はゆるいですから(笑)、特に公開時に問題にはなりませんでした。
Q2: ロンドン五輪のシーンはとてもリアルでした。どのようにして撮影されたのですか?
A2:実際にロンドンロケを行いました。 2回渡英しましたが、最初はロケハン、2回目に撮影を行いました。天候にも恵まれたのと、ちょうど陽も長く4〜21時の間は明るかったので。5日間交通規制をしてレースシーンを、そして選手と並走して撮影した部分はあとからCGで合成しました。[CG合成は]60%ぐらいではないでしょうか。
Q3:アン・ソンギさんは国のメダルのため残酷な[監督]役を演じられました。誰かモデルはいるのでしょうか?
A3:もう亡くなりましたが、[1994年広島アジア競技大会でマラソン金メダルをとった]
황영조を発掘した監督がスパルタ方式で有名でした。少し参考にした部分はあると思います。
(以下、ネタバレ含みます)
Q4:ラストシーンはなぜあのようになさったのですか? 最後に別の大会でVサインを出して終わるシーンです。
A4:医学的に、科学的に考えますと、もうマノは[ロンドン五輪の後]走ることができません。でも観客がこの映画を見終わった後、喜んで帰ってもらうために、よいラストにすべきでは? と考えました。
Q5:マノ役の特殊メイクの意図は何でしょう?
A5:義歯をしている点ですね? いろいろ理由はありますが、まず金持ちの家に生まれた場合、幼い時に矯正を受けることができるので、あのような[出っ歯な]歯並びでいるということは貧しい家庭に育ったということを意味しています。
2番目の理由は、これはマラソン映画なので、選手を正面より横から撮るシーンが多いです。 強烈な横顔を撮りたかったのです。
そして3番目の理由はイメージしたのが年老いた馬が必死に走る姿でした。そこから来ています。
Q6:今回のキャスティングについてすんなり決まったのでしょうか?
A7:苦労は特になかったです。主人公を演じたキム・ミョミンさんの持つイメージは元々よいものでしたし、 依頼したところすぐにOKをもらいました。「年をとったマラソン選手」という役を演じることでイメージを変えたいという思いもあったようです。アン・ソンギ先生からも監督役の快諾をすぐにいただきました。
ここで福岡アジア映画祭・前田代表が特別ゲストとしてアン・ソンギさんをご紹介なさいます。
Q8: 撮影で一番ご苦労なさったことは何でしょうか?
A8:アン・ソンギさん)私は座るシーンの多い監督役だったのでキム・ミョミンさんが走るのを見て心が痛かったです。できることなら私も一緒に身体を動かして走りたかったのですが。
Q9:私も[市民ランナーとして]普段から走っていますが、アン・ソンギさんも走っていらっしゃるのですか?
A9:アン・ソンギさん)はい、常に運動はしていますし、走っています。私のこのスタイルを見て分かりませんか?[と腰に両手をあて片足をすっと前に出し、モデル立ちをするアン・ソンギさん。会場大喝采]
Q10:監督とのエピソードなどあれば教えてください。また監督の次回作等、予定がありましたら。
A10:アン・ソンギさん)キム・ダルジュン監督は舞台、ミュージカル[『ヘドウィグ』『スリル・ミー』『ダンサーの純情』『スピットファイヤーグリル』『アタック・ザ・ガス・ステーション』など]を演出されてきた方ですが、映画は本作が処女作です。なので制作陣もいろいろと大変だろうと思いました。映画製作にはたくさんのお金とスタッフが必要です。このような規模の作品を処女作として手がけることになり、大変ではと思いました。新人監督としては内容のスケールが大きすぎて細部まで神経を使えなかった部分もあり、次回はもっと小さい規模のヒューマニズムを扱うような作品を撮られては、と思います。
キム・ダルジュン監督)今、[脚本を]準備している途中です。次回は小さい規模の作品を一所懸命撮りたいと思います。よろしくお願いします![深くお辞儀をなさる]
2012年7月14日土曜日
福岡アジア映画祭「折れた矢」ティーチイン1
昨夜、福岡アジア映画祭で上映された「折れた矢」後のティーチイン1の一部です。
Q:映画人のどなたかで、特に影響を受けた方がいらっしゃいますか?
A:ご存知のように韓国映画の歴史は他には見ない道をたどっています。50〜60年代にはよい監督や俳優がたくさんいましたが、70年代に入って軍事政権になり、そういった方々が自由に作品を作ることが難しくなり、結果として消えていってしまいました。私がデビューをしたのは70年代後半でしたから、残念ながらそういった先輩方とご一緒に仕事をする機会もなかったので…
同じ時期のアメリカン・ニューシネマの作品もよく見ました。俳優ではロバート・デニーロが好きですね。
Q:「折れた矢」の役作りはどのようになさいましたか?
A: キム・ギョンホ教授には撮影が終わってから一度お目にかかりました。冗談など1つも言わない方で、だからこそ、自分が信じたことを最後までやり遂げることができるのでは、という印象を受けました。
ただテーマ的に[撮影当時]現在進行中(キム・ギョンホ教授は今年2月に出所)だったので製作陣も敏感になり、一緒に作ってくれそうな俳優はいないのではないか?と心配していたようです。ですから、無名の俳優を起用しようかという案もありました。私がシナリオを読んだ時、その完成度の高さに「とにかくシナリオ通り撮りましょう」と話をしたのです。
Q:最後テロップでも流れていたのですがよく分からなくて、結局どのようになったのでしょうか…?
A:居眠りをしていらっしゃったのではないですか?(笑) 刑務所に戻るシーンで終わりましたが、「刑務所=暗い」イメージではない、ということを暗示しています。出所後、本当のキム・ギョンホ教授は人権問題に取り組んでいらっしゃるようです。
2012年7月10日火曜日
「JURY」(仮題)
10日(火)13時、アートソンジェセンターにて第10回アシアナ国際短編映画祭オープニング作品「JURY」(仮題。キム·ドンホ釜山国際映画祭名誉執行委員長監督)の撮影現場公開、質疑応答の様子です。
その1。
その2。
その3。
2012年7月1日日曜日
2012年6月30日土曜日
Hand & Foot printing記念上映会
Hand & Foot printingを記念して7月2日〜8日連夜19時よりCGV江辺(강변)にて「부러진 화살/折れた矢」(2012年)、「신기전/神機箭」(2008年)、「화려한 휴가/光州5・18」(2007年)、「인정사정 볼 것 없다/NOWHERE TO HIDE 情け容赦なし」(1999年)などを無料上映します(上映1時間前より先着順に配布される入場券を受け取る必要があります)。
2012年6月25日月曜日
2012年6月23日土曜日
Look East Film Festivalに出発
アメリカ・ハリウッドにて「Look East Film Festival」関連イベント、Hand & Foot printing記念式がHollywood Grauman’s Chinese Theatre前広場にて6月23日現地時間13:00、開催されます。出国時の様子です。
2012年5月9日水曜日
2012年5月8日火曜日
2012年5月1日火曜日
韓国映像資料院、YouTubeで作品公開
韓国映像資料院がYouTubeで作品の公開を開始しました。アン・ソンギさん出演作品も含まれています。
字幕設定は各画面下のバーで選択できます(下クリップ参照。なぜか日本語は選択してもすぐ適応されませんが、英語では問題ありませんでした)。
字幕設定は各画面下のバーで選択できます(下クリップ参照。なぜか日本語は選択してもすぐ適応されませんが、英語では問題ありませんでした)。
2012年4月26日木曜日
2012年4月25日水曜日
ハリウッドの殿堂入り
来る6月23日〜24日、米国ハリウッドで開催されるLook East Festivalのメイン行事として、アン・ソンギさん、イ・ビョンホンさんが米国ハリウッド、チャイニーズ・シアターの前にあるHollywood Walk of Fameにアジアの俳優としては初めて、手形・足形を残すことになりました。
Look East Festival公式Facebookはこちら。
Look East Festival公式Twitterはこちらhttps://twitter.com/#!/lookeastfest/。
Look East Festival公式Facebookはこちら。
Look East Festival公式Twitterはこちらhttps://twitter.com/#!/lookeastfest/。
2012年4月14日土曜日
2012年3月29日木曜日
2012年3月4日日曜日
2012年2月23日木曜日
2012年2月22日水曜日
2012年2月12日日曜日
『鯨とり』DVD発売記念イベント
西ヶ原字幕社の林原さんよりご連絡がありました。
2012年2月22日、阿佐ヶ谷ロフトで『鯨とり』DVD発売記念イベントが開催だそうです。
会場:阿佐ヶ谷ロフト
時間:OPEN18:30/START19:30
前売:1,500円/当日¥1,600円(共に飲食代別)*
* 前売りチケットはローソンチケット【L:38956】
【イベント内容】
1部・・・DVDのダイジェストを見ながら、制作の裏話
2部・・・「ディープコリア」でおなじみ、幻の名盤解放同盟の根本敬さんと船橋英雄さんを招いてのトークショー
3部・・・コプチャンチョンゴルのリーダー、佐藤行衛さんのミニライブをお届け!
【出演】
根本敬(幻の名盤解放同盟)
船橋英雄(幻の名盤解放同盟)
佐藤行衛(コプチャンチョンゴル:リーダー)
【司会】
森江宏太(ライター)
【当日のみの超豪華限定販売】
1:キム・スチョル、87年発売のベスト集CD20枚限定販売
2:白水社から出版のシナリオ対訳本、20冊限定先行販売
もちろん、当日会場では『鯨とり』DVDも販売されます。
2012年2月22日、阿佐ヶ谷ロフトで『鯨とり』DVD発売記念イベントが開催だそうです。
会場:阿佐ヶ谷ロフト
時間:OPEN18:30/START19:30
前売:1,500円/当日¥1,600円(共に飲食代別)*
* 前売りチケットはローソンチケット【L:38956】
【イベント内容】
1部・・・DVDのダイジェストを見ながら、制作の裏話
2部・・・「ディープコリア」でおなじみ、幻の名盤解放同盟の根本敬さんと船橋英雄さんを招いてのトークショー
3部・・・コプチャンチョンゴルのリーダー、佐藤行衛さんのミニライブをお届け!
【出演】
根本敬(幻の名盤解放同盟)
船橋英雄(幻の名盤解放同盟)
佐藤行衛(コプチャンチョンゴル:リーダー)
【司会】
森江宏太(ライター)
【当日のみの超豪華限定販売】
1:キム・スチョル、87年発売のベスト集CD20枚限定販売
2:白水社から出版のシナリオ対訳本、20冊限定先行販売
もちろん、当日会場では『鯨とり』DVDも販売されます。
2012年1月27日金曜日
2012年1月14日土曜日
2012年1月10日火曜日
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